大室山近くの「さくらの里」など伊東市内で桜が咲いたとの情報をネットで調べ、行って来ました。 ★「伊豆・伊東の桜情報」 http://www.itospa.com/hanapress/?page_id=3183…



通常、自分が作る長くなる旅行記(頭に番号振ってるもの)は、移動しながらの観光旅行記が最初になります。 でも今回は宿泊記が最初。 仕事終わりに自転車で宿に乗り付けチェックインしたから。 平日の一人宿泊、ネットで探すと大型ホテルでもずいぶん泊まれるところがありました。 選んだのは、湯別当野原。 湯田温泉の元湯といわれる所以は、江戸時代に藩主専用の温泉管理を任された湯別当の野原家が始めたから。…



山梨県に座禅草の群生があると聞いて出かけて見ました 確かに駐車場から歩いて5分と掛からない場所に群生していました ここが登山道にもなっているので結構人が多く歩いています 座禅草は丁度見頃でした ただ2,3日前に雪が降ったようで座禅草は雪に押しつぶされたような感じで咲いていました…



◆五・一五事件 第29代内閣総理大臣だった犬養毅(木堂)は1932年(昭和7年)5月15日午後5時30分、総理公邸に突然乱入してきた海軍の青年将校と陸軍の士官候補生の一団を一度は応接室に案内した。 しばらくして応接室から「撃つぞ」「撃て」という叫びが聞こえ、ピストルの音が響いた。女中たちが駆けつけると、犬養は鼻の穴から血を流しながらも意識ははっきりしており、「いま撃った男を連れてこい。…



朝鮮通信使ゆかりの牛窓 牛窓は古くは万葉の時代から、風待ち、潮待ちの港として栄え、特に江戸時代には、参勤交代の大名や朝鮮通信使が寄港し、当時の歴史的文化遺産も多く残されています。 鎖国の江戸時代、日本と朝鮮の両国には誠信の交隣関係が築かれ、江戸幕府は1607年から1811年の約200年余りの間に12回にわたって朝鮮通信使の来日を大歓迎した。 使節団の一行は総人数400〜500人に…



お雛様に続いて今度は暖簾です。 かって出雲街道の宿場町として栄えた勝山藩の城下町ですが、現在、雛祭りの行われているこの地域(町並み保存地区)は町おこしの一環として白壁、格子戸に草木染めの暖簾がかかる町としてここ数年定着してきたようです。 そこで一石二兆ではありませんが、雛祭りついでに暖簾の方も今回意識しながら一部写真におさめてみましたのでここで紹介させて頂き今回撮れなかった所はまた訪れた際に・…



備前焼や陶器、野菜等、地元の方のキュートでユニークな作品(雛)を集めてみました。 お雛様のネーミングには若干あやしいところがありますが、取りあえず見たまんまで付けてます。 ●勝山の雛祭り/城下町、勝山の町並 http://4travel.jp/traveler/comeva/album/10435455/ ●勝山の雛祭り/町で見つけた雛人形? http://4travel.jp/…



岡山県北部にある真庭市と言えば醍醐桜や神庭の滝、蒜山高原と言ったメジャーな観光地でお馴染みの場所ですが、今回はその市庁舎のある勝山町の商店街や町並保存地区で開催された春の風物詩、ひな祭りに行ってきました。 1999年から始まって今年で12回目を迎えますが、地元の民家や商家がお家の中や軒先、店内にそれぞれ独自のお雛様を飾る風景は現在160軒余りとなり今でもまわりに広がり少しづつ増えているとか、…



岡山では史上初の津波警報が出ましたので何とか少しでも高い所を目指して当日は市街地東側のなだらかな丘陵、操山(みさおやま)へ・・ その操山山塊にはこれまで総数130基の古墳が確認されていて操山古墳群とも言われています。 山中はちょっとしたハイキングコースにもなっていて当日はその古墳群の一部を辿りながらの森林浴をエンジョイしました。 本来なら2時間位のコースではないかと思いますが、今回はこう…



近くて遠かったシリーズ第三弾は岡山市南区とその南隣り玉野市にまたがる金甲山の山頂へ 天候にも恵まれ今日もぶら〜りと出てみました。 自宅から車で約15〜16分程の距離でありながら、これまたどんな所だったかほとんど記憶にないほど昔に1度だけ(記憶にあるのはこれだけ)訪れています。 403Mと富士山の9分の1弱の山頂には瀬戸内海を挟んで岡山・香川両県(NHK香川を除く)の送信所が置かれてい…